見事なコンタクトレンズ
タバコも吸わず、暴飲暴食もせず、健康面ではまったく「落ち度」のない人でも、老眼と白内障は避けることはできません。
また緑内障には、中年以後30人に1人の割合でかかるとされています。
これらの本質的な治療法はまだ発見されていませんが、医療の進歩により、多くの人が不自由なく生活できたり、あるいは失明を免れたりしています。
本書では実際に老眼や白内障、緑内障になった時にどのような診療を受けるのかを、できるだけわかりやすく説明したいと思います。
また当然のことですが、「何か予防法はないのか?」という疑問をお持ちのかたも多いと思います。
今のところ医学的に確立された方法はありませんが、私には「ひょっとしたら予防できるかもしれない」という考えがあります。
まだ仮説の段階ですが、なにしろ証明するには20年もかかってしまうため、それを待っていたのでは私も、また私と同世代の読者の皆さんも、白内障の手術を受ける年齢になってしまいますので、この機会を利用して紹介させていただこうと思います。
なお、この本は病気に関する医学知識のすべてを網羅するものではありません。
とても大切だと思うことや、起こる頻度の高いものに絞って説明します。
また、複雑なところは大胆に簡略化して話を進めますのであらかじめ、その点をご了承ください。
「見える」ということは、ほとんどの人にとってあまりに当たり前すぎて、誰も「何故見えるのだろう?」とか「自分はどんな視る機能を持っているのだろうか?」などと真剣に考えたことはないと思います。
もちろん「目玉があるから見えるのは当然」というものではありません。
今から眼の話を始めるにあたり、まず私たちが持っている見るための仕組みと、その機能を簡単に説明してみることにします。
次のような情景を思い描いてみてください。
窓のない、真っ暗な車の中にひとりの人間が座っているとします。
窓を作ったり、大きな穴をあけたりせずに、この車を運転しなければならないとしたらどうしたらいいでしょうか。
カーナビを使いますか?そうすれば現在位置と進むべき方向は分かるでしょうが、それだけでは他の車にぶつかったり、人を真っ暗では何もできないかもしれません。
とても恐ろしくて運転はできません。
目の前の景色がリアルに見えない限り運転は不可能です。
ではテレビカメラと受像機を取り付けたらどうでしょう。
ふつうのテレビ画面ぐらいに映れば何とか運転できそうです。
カラーテレビなら信号も分かります。
しかし、より安全に運転したり、さらにドライブを楽しんだりするためには、もっと高度なビジュアルシステムが必要です。
たとえば、ハイビジョンかつ180度のワイドパノラマ画面で、テレビカメラを2台使用してそれを立体画像にし、あらゆる色を再現できて、さらにどんな距離にも1秒以内でピントを合わせるオートフォーカス機能付き。
そんなすばらしい装置があれば上手に運転ができそうですし、べつに運転しなくても一日中その画面を眺めていたいような気もします。
もうお分かりでしょうが、この装置が私たちそれぞれの持っているビジュアルシステムなのです。
テレビカメラは眼球に、受像機は大脳に、それらをつなぐコードは視神経に当たります。
ビジュアルシステムがあれば運転できる。
では車の中の人は一体誰なのかと言いますと、それは「意識」とか「精神」というものを意味します。
「見える」ということは、これらすべてが正常に機能していることで、どれか一つでも故障すればたちまち画像は乱れ、故障の程度がひどければ画面は真っ暗になります。
そしてこのシステムが不調になった時に、その原因を調べて修理するのが眼科医の仕事なのです。
ただし眼科医の守備範囲は狭く、修理できるのはテレビカメラ(眼球)と、コード(視神経)の」部だけです。
しかし、このビジュアルシステムの故障の原因は圧倒的にテレビカメラの中にあることが多いので職業として成り立っているわけです。
本書では、中年以降におこる白内障、緑内障、老眼という頻度の高い。
故障”を扱います。
ちなみに、白内障はテレビカメラの中の凸レンズの曇り、緑内障はテレビカメラにつながる部位のコードの断線、また老眼はテレビカメラのオートフォーカス機能の衰えにたとえることができます。
一見何の関係もないようなこれらの故障が実は密接な関連性を持っている、というのが私の考えです。
では続いてこのテレビカメラの内部を見てみることにしましょう。
眼は意外に単純な三層構造これから延々と眼の話を進めていくわけですから、どうしても眼の解剖学は避けては通れません。
覚えるのに苦労した自分の経験をふまえて、できるだけわかりやすく、細かいことは省略して説明しますので、なんとかこの山場を乗り越えてください。
眼は意外に簡単な構造をしています。
まず眼の心臓部ともいえる網膜と視神経は下の図のような位置になります。
眼科関係の本ではよく目にする形ですが、ここに示す図は、右眼を水平に真っ二つに切ってその切り口を上から眺めたところです。
左側に鼻、右側に耳があります。
網膜はそこに届いた光を一瞬にして電気信号に変える超ハイテク部品です。
その電気信号が視神経から大脳に送られて初めて私たちは「見ること」ができます。
言いかえると、いくら網膜まで光が届いてもその信号が大脳という受像機まで伝えられなければ全く意味がないことになります。
この点で眼球は写真機ではなくテレビカメラによく似た働きをしていると言えます。
ちなみに網膜の感触はホヨトミルクの表面にできる白い膜によく似ています。
色は白ではなく、透明な部分(神経網膜)と、ココアの粉をうっすらとまぶしたような、外側の茶色の膜(網膜色素上皮)からできています。
網膜全体から出てくるたくさんの細い神経の糸が集まって視神経になります。
超極細のマカロニを束ねたようなものだと思ってください。
この、視神経につながった網膜こそが「眼そのもの」と言っていいほど大切なパーツなのです。
網膜と視神経が生きていて(もちろん大脳とつながっていて)酸素を十分に与えられていれば、それだけで見ることができます。
ただし見えるといっても完全にピンボケで、目の前の何かが動いているか止まっているかがわかる程度の視力だろうと思います。
そこで図2のようにレンズを取り付けてみます。
前方に位置するレンズは角膜と水でできています。
もう一つのレンズは水晶体で、ピントの微調整をします。
角膜はソフトコンタクトレンズを少し厚くしたような感じの透明で丈夫な膜です。
また水晶体は年齢によって違いますが、10代のものは透明なゼリーをセロファンで包んだようなものです。
これでかなり見えるようになりました。
しかし、角膜も水晶体も網膜も生身の体の一部です。
彼らに酸素や栄養を運ぶ部品が必要です。
それがぶどう膜です。
これは血管をたくさん含んでいるひと続きの膜ですが、角膜と水晶体の間にある部分は虹彩、網膜の外側にある部分は脈絡膜、そしてそれらの間の部分は毛様体と呼ばれています。
脈絡膜は網膜に酸素と栄養を与えます。
また、毛様体はクモの糸より細くて強い「チン氏帯」という糸で水晶体を吊って支えるとともに、房水という透明な本を作ります。
その本が血管を持たない角膜や水晶体に必要な物質を配給するのです。
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